聴いてもいない誰かに語りつつ歩くこと15分あまり、2年前にリニューアルした清潔感あふれる校舎が眼前に現れました。以前の桐朋の「学園らしい」雰囲気が好きだった筆者ですが、この新しい校舎にも違和感はありません。建物の形や配置にある種の「押しつけがましさ」がなく、新しい時代の新しい生徒に新しい学園の完成を委ねている感じがいかにも桐朋らしい……。おっと、また語ってしまいます。先ほども申し上げましたが、今日は1年間苦楽を共にした教え子の晴れの舞台です。心の昂らないわけがないのです。
誘導の中学生がきびきびしています。受験生の1人1人に声を掛け、保護者の方に深々とお辞儀をされているのは校長先生とのことです。そういえば、大手塾の入試応援がやけに静かです。学校からのご要望なのか塾側が自主規制をかけたのか、どちらにせよ望ましいことです。以前は数の力に物を言わせて我が物顔にふるまう(と見られても仕方のない)塾が2,3あって閉口したものです。
最後に教え子と握手を交わし、短い注意を2つだけ。
注意は具体的でシンプルに、1度にしていい注意は2つまで、
というのが私の考え方です。
考えてみれば中学受験というのはどのお子さんも「成長過程の中で迎えなければならない受験」であるわけで、「あと1か月あれば」という思いは教える者すべてに共通するものではないでしょうか。しかし、そういう「未完成な中でのチャレンジ」だから応援したくなるのが中学受験なのです。他の受験とは全く違います。
「先生は精一杯教えたけど、すべては教えきれなかった。君は今持っているものを出し切って、どんな形でもいい、合格してほしい。そのあとはこの学校が、きっと君を大きくしてくれるはずだ」
家ではそんな言葉を、考えていなかったわけでもないのですが、それを照れずに言うのは、おそらく一生かけても無理なのだと思います。




